User:Ericliu1912/沙盒4

第一次伊藤內閣编辑

第一次伊藤內閣
だいいちじ いとうないかく
 
第1任內閣總理大臣伊藤博文肖像
內閣總理大臣 伊藤博文(第1任)
成立日期 1885年(明治18年)12月22日
總辭日期 1888年4月30日(在任861日)
執政黨/派系 藩閥超然內閣日语超然主義
內閣閣僚名簿(首相官邸)

第一次伊藤內閣(日语:第一次伊藤內閣だいいちじ いとうないかく Daīchiji Itō Naikaku */?),是日本參議伊藤博文就任第1任內閣總理大臣(首相)後,自1885年(明治18年)12月22日至1888年4月30日(在任861日)組成的日本內閣

概要编辑

內閣成員编辑

除部分特殊情況外,本內閣閣員皆於1885年12月22日就任[1]

國務大臣编辑

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣總理大臣 1 伊藤博文   長州藩
伯爵
臨時兼任外務大臣
宮內大臣
初次入閣
外務大臣 1 井上馨   原長州藩
伯爵
初次入閣
1887年9月17日卸任[2]
- 伊藤博文   原長州藩
伯爵
內閣總理大臣 1887年9月17日就任[2]
1888年2月1日卸任[3]
2 大隈重信   肥前藩
伯爵
初次入閣
1888年2月1日就任[3]
內務大臣 1 山縣有朋   長州藩
陸軍中將
伯爵
臨時兼任農商務大臣
議定官
初次入閣
大藏大臣 1 松方正義   薩摩藩
伯爵
初次入閣
陸軍大臣 1 大山巌   原薩摩藩
陸軍中將
伯爵
議定官 初次入閣
海軍大臣 1 西鄉從道   原薩摩藩
海軍中將
陸軍中將
伯爵
臨時兼任農商務大臣
議定官
初次入閣
司法大臣 1 山田顕義   原長州藩
陸軍中將
伯爵
議定官 初次入閣
文部大臣 1 森有禮   薩摩藩 初次入閣
農商務大臣日语農商務省 (日本)#歴代の農商務大臣等 1 谷干城   土佐藩
陸軍中將
子爵
初次入閣
1887年7月26日卸任[4][5]
- 西鄉從道   原薩摩藩
海軍中將
陸軍中將
伯爵
海軍大臣
議定官
1886年3月16日就任[6]
1886年7月10日卸任[7]
- 山縣有朋   原長州藩
陸軍中將
伯爵
內務大臣
議定官
1886年7月10日就任[7]
1887年7月24日卸任[5]
2 土方久元   土佐藩
子爵
元老院議官 初次入閣
1887年7月26日就任[4]
1887年9月17日卸任[2]
3 黑田清隆   原薩摩藩
陸軍中將
伯爵
樞密院議長 初次入閣
1887年9月17日就任[2]
遞信大臣 1 榎本武揚   幕臣
海軍中將
初次入閣

其他编辑

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣書記官長日语内閣書記官長 1 田中光顕   土佐藩
元老院
陸軍少將
会計検査院院長[注釈 1][8]
內閣法制局長官日语内閣法制局長官 (法制局未設置) 1885年12月23日設置[注釈 2][9]
1 山尾庸三   原長州藩
子爵[注釈 3]
宮中顧問官 1885年12月23日就任[9]
1888年2月7日卸任[10]
2 井上毅   肥後藩 1888年2月7日就任[10]

參見编辑

參考資料编辑

  1. ^ 『官報』第744号「叙任」、明治18年12月22日 (日文)
  2. ^ 2.0 2.1 2.2 2.3 『官報』第1169号「叙任及辞令」、明治20年9月19日 (日文)
  3. ^ 3.0 3.1 『官報』第1375号「叙任及辞令」、明治21年2月2日 (日文)
  4. ^ 4.0 4.1 『官報』第1123号「叙任及辞令」、明治20年7月27日 (日文)
  5. ^ 5.0 5.1 農商務省, 農商務省沿革略誌. 〔第1編〕, 農商務省: 142, 1892  已忽略文本“和書” (帮助); 外部链接存在于|title= (帮助)
  6. ^ 『官報』第809号「叙任」、明治19年3月17日 (日文)
  7. ^ 7.0 7.1 農商務省, 農商務省沿革略誌. 〔第1編〕, 農商務省: 120, 1892  已忽略文本“和書” (帮助); 外部链接存在于|title= (帮助)
  8. ^ 『官報』第1161号「叙任及辞令」、明治20年5月16日 (日文)
  9. ^ 9.0 9.1 『官報』第745号「達」、明治18年12月23日斎藤和太郎, 政府大改革之顛末 上編, 静岡大務新聞社: 72, 1886  已忽略文本“和書” (帮助); 外部链接存在于|title= (帮助)
  10. ^ 10.0 10.1 『官報』第1381号「叙任及辞令」、明治21年2月9日 (日文)

外部連結编辑

加藤高明內閣编辑

加藤高明內閣
かとうたかあきないかく
 
加藤高明內閣成員合照(1925年)
內閣總理大臣 加藤高明(第24任)
成立日期 1924年(大正13年)6月11日
總辭日期 1926年(大正15年)1月30日1月30日
執政黨/派系 憲政會立憲政友會革新俱樂部日语革新倶楽部護憲三派日语護憲三派)→憲政會
內閣閣僚名簿(首相官邸)

加藤高明內閣(日语:加藤高明內閣かとうたかあきないかく Kato Takaaki Naikaku */?),是日本貴族院議員憲政會總裁加藤高明就任第24任內閣總理大臣(首相)後,自1924年(大正13年)6月11日至1926年(大正15年)1月30日1月30日組成的日本內閣

概要编辑

1926年(大正15年)1月22日,時任日本內閣總理大臣加藤高明因過勞在國會帝國議會開會時病倒,由內務大臣若槻禮次郎臨時代理其職務;1月28日加藤逝世,終年66歲。時任攝政、皇太子裕仁隨即授命若槻組閣[1][2]。在經大正天皇同意任命後,若槻於1月30日正式就任為內閣總理大臣[3]

內閣成員编辑

國務大臣编辑

其他编辑

政務次官编辑

參與官编辑

參見编辑

  • [[]]
  • [[]]

參考資料编辑

  1. ^ 陳水蓬. 《日本近代史》. 臺灣商務印書館. 1988: 154-155. ISBN 9789570505801. 
  2. ^ 自由評論網. 政治的日常》金融風暴中的第一次若槻禮次郎內閣 - 自由電子報 自由評論網. talk.ltn.com.tw. [2019-05-28]. 
  3. ^ 引用错误:没有为名为kanpo19260130的参考文献提供内容

外部連結编辑


田中義一內閣编辑

田中義一內閣
たなかぎいちないかく
 
田中義一內閣成員合照(1927年)
內閣總理大臣 田中義一(第26任)
成立日期 1927年(昭和2年)4月20日
總辭日期 1929年7月2日
執政黨/派系 立憲政友會
選舉 第16屆日本眾議院議員總選舉日语第16回眾議院議員総選挙
眾議院解散 1928年1月21日(普選解散)
內閣閣僚名簿(首相官邸)

田中義一內閣(日语:田中義一內閣たなかぎいちないかく Tanaka Giichi Naikaku */?),是日本貴族院議員立憲政友會總裁田中義一就任第26任內閣總理大臣(首相)後,自1927年(昭和2年)4月20日至1929年7月2日組成的日本內閣

概要编辑

1927年(昭和2年)3月17日,大藏大臣片岡直溫日语片岡直温在國會詢答時失言表示「東京渡邊銀行日语東京渡辺銀行破產了」(渡辺銀行が破綻致しました),引發擠兌恐慌。儘管在政府緊急協助之下,渡邊銀行沒有因為擠兌崩潰,但恐慌蔓延到全國各地後確有導致部分銀行歇業,史稱昭和金融危機,若槻內閣威望大減。在臺灣銀行緊急紓困案被樞密院以違憲為由否決否決後,若槻被迫率領內閣總辭,由陸軍出身的田中義一繼任組閣[1][2][3]

內閣成員编辑

國務大臣编辑

1927年(昭和2年)4月20日任命[4]。在職日数805日。

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣總理大臣 26 田中義一   貴族院
立憲政友會
(無会派)
退役陸軍大將
陸大8期
男爵
外務、内務、拓務大臣兼任 立憲政友會総裁
外務大臣 30 田中義一   貴族院
立憲政友會
(無会派)
退役陸軍大將
(陸大8期)
男爵
内閣総理大臣、
内務、拓務大臣兼任
立憲政友會総裁
內務大臣 38 鈴木喜三郎   貴族院
立憲政友會
研究會日语研究会 (貴族院)
1928年5月4日卸任[5]
39 田中義一   貴族院
立憲政友會
(無会派)
退役陸軍大將
(陸大8期)
男爵
内閣総理大臣、
外務、拓務大臣兼任
1928年5月4日兼[5]
1928年5月23日卸任兼[6]
立憲政友會総裁
40 望月圭介   眾議院
立憲政友會
1928年5月23日就任[注釈 4][6]
大藏大臣 28 高橋是清   眾議院
立憲政友會
1927年6月2日卸任[注釈 5][7]
29 三土忠造   眾議院
立憲政友會
転任
1927年6月2日就任[注釈 6][7]
陸軍大臣 18 白川義則   陸軍大將
陸大12期
初次入閣
海軍大臣 12 岡田啓介   海軍大將
海大將校科甲種2期
初次入閣
司法大臣 31 原嘉道   民間[注釈 7] 初次入閣
文部大臣 35 三土忠造   眾議院
立憲政友會
初次入閣
1927年6月2日卸任[注釈 6][7]
36 水野錬太郎   貴族院
立憲政友會
交友倶楽部
1927年6月2日就任[7]
1928年5月25日卸任[注釈 8][8]
37 勝田主計   貴族院
無黨籍(研究会)
1928年5月25日就任[8]
農林大臣 5 山本悌二郎   眾議院
立憲政友會
初次入閣
商工大臣 5 中橋徳五郎   眾議院
立憲政友會
遞信大臣 31 望月圭介   眾議院
立憲政友會
初次入閣
1928年5月23日卸任[注釈 4][6]
32 久原房之助   眾議院
立憲政友會
初次入閣
1928年5月23日就任[6]
鉄道大臣 7 小川平吉   眾議院
立憲政友會
拓務大臣 拓務省未設置) 1929年6月10日設置
1 田中義一   貴族院
立憲政友會
(無会派)
退役陸軍大將
(陸大8期)
男爵
内閣総理大臣、
外務、内務大臣兼任
1929年6月10日兼[9]
立憲政友會総裁
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

其他编辑

1927年(昭和2年)4月20日任命[4]

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣書記官長日语内閣書記官長 28 鳩山一郎   眾議院
立憲政友會
內閣法制局長官日语内閣法制局長官 25 前田米蔵   眾議院
立憲政友會
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

政務次官编辑

1927年(昭和2年)4月22日任命[10]

職位名 姓名 出身 備註
外務政務次官 森恪 眾議院/立憲政友會 1929年4月27日卸任
(從缺) 1929年4月27日から
内務政務次官 武藤金吉 眾議院/立憲政友會 1928年4月23日死亡欠缺[11]
(從缺) 1928年5月29日まで
秋田清 眾議院/立憲政友會 1928年5月29日就任[12]
大蔵政務次官 大口喜六 眾議院/立憲政友會
陸軍政務次官 竹内友治郎 眾議院/立憲政友會
海軍政務次官 内田信也 眾議院/立憲政友會
司法政務次官 浜田国松 眾議院/立憲政友會
文部政務次官 山崎達之輔 眾議院/立憲政友會 1929年4月30日卸任
(從缺) 1929年4月30日から
農林政務次官 東武 眾議院/立憲政友會
商工政務次官 吉植庄一郎 眾議院/立憲政友會
遞信政務次官 秋田清 眾議院/立憲政友會 1928年5月29日卸任[注釈 9][12]
広岡宇一郎 眾議院/立憲政友會 1928年5月29日就任[12]
鉄道政務次官 上埜安太郎 眾議院/立憲政友會

參與官编辑

1927年(昭和2年)4月22日任命[10]

職位名 姓名 出身 備註
外務參與官 植原悦二郎 眾議院/立憲政友會 1929年4月19日卸任
(從缺) 1929年4月19日から
内務參與官 加藤久米四郎 眾議院/立憲政友會
大蔵參與官 山口義一 眾議院/立憲政友會
陸軍參與官 高草美代蔵 眾議院/立憲政友會 1928年4月23日卸任[注釈 10]
八田宗吉 眾議院/立憲政友會 1928年4月23日就任
海軍參與官 松本君平 眾議院/立憲政友會
司法參與官 黒住成章 眾議院/立憲政友党 1928年7月17日死亡欠缺[13]
(從缺) 1928年7月24日まで
磯部尚 眾議院/立憲政友會 1928年7月24日就任[14]
文部參與官 安藤正純 眾議院/立憲政友會 1929年4月27日卸任
(從缺) 1929年4月27日から
農林參與官 砂田重政 眾議院/立憲政友會
商工參與官 牧野良三 眾議院/立憲政友會
遞信參與官 向井倭雄 眾議院/立憲政友會
鉄道參與官 志賀和多利 眾議院/立憲政友會

參見编辑

  • [[]]
  • [[]]

參考資料编辑

外部連結编辑

濱口內閣编辑

濱口內閣
はまぐちないかく
 
濱口內閣成員合照(1929年)
內閣總理大臣 濱口雄幸(第27任)
成立日期 1929年(昭和4年)7月2日
總辭日期 1931年4月14日
執政黨/派系 立憲民政黨
選舉 第17屆日本眾議院議員總選舉日语第17回眾議院議員総選挙
眾議院解散 1930年1月21日
內閣閣僚名簿(首相官邸)

濱口內閣(日语:濱口內閣はまぐちないかく Hamaguchi Naikaku */?),是日本眾議院議員立憲民政黨總裁濱口雄幸就任第27任內閣總理大臣(首相)後,自1929年(昭和4年)7月2日至1931年4月14日組成的日本內閣

概要编辑

1926年(昭和6年)1月22日,時任立憲民政黨黨魁、日本內閣總理大臣濱口雄幸遭到佐鄉屋留雄日语佐郷屋留雄刺殺重傷[1][2];後濱口入院療養,並在確定無法履行內閣總理大臣職責後於4月13日率領濱口內閣總辭(後於因8月26日因傷重不治,終年61歲),由曾籌組第一次若槻內閣,時任貴族院議員、新任立憲民政黨黨魁的若槻禮次郎繼任組閣[1][3][4]。在經昭和天皇同意任命後,若槻於4月14日再度就任為內閣總理大臣[5]

內閣成員编辑

國務大臣编辑

1929年(昭和4年)7月2日任命[6]。在職日数652日。

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
内閣総理大臣 27 濱口雄幸   眾議院
立憲民政黨
- 幣原喜重郎   貴族院
無黨籍同和会
男爵
臨時代理
(外務大臣兼任)
1930年11月14日兼[7]
1931年3月9日卸任兼[8]
外務大臣 31 幣原喜重郎   貴族院
無黨籍(同和会)
男爵
内閣総理大臣臨時代理
內務大臣 41 安達謙藏   眾議院
立憲民政黨
大藏大臣 30 井上準之助   貴族院
(無黨籍→)
立憲民政黨
(無会派)
陸軍大臣 19 宇垣一成   陸軍大將
陸大14期
- 阿部信行   陸軍中將
陸大19期
臨時代理
(班列)
1930年6月16日就任[9]
1930年12月10日卸任兼[10]
海軍大臣 13 財部彪   海軍大將
海兵15期
1930年10月3日卸任[11]
14 安保清種   海軍大將
海兵18期
男爵
初次入閣
1930年10月3日就任[11]
司法大臣 32 渡邊千冬   貴族院
無黨籍(研究会
子爵
初次入閣
文部大臣 38 小橋一太   眾議院
立憲民政黨
初次入閣
1929年11月29日卸任[注釈 11][12]
39 田中隆三   眾議院
立憲民政黨
初次入閣
1929年11月29日就任[12]
農林大臣 6 町田忠治   眾議院
立憲民政黨
商工大臣 6 俵孫一   眾議院
立憲民政黨
初次入閣
遞信大臣 33 小泉又次郎   眾議院
立憲民政黨
初次入閣
鉄道大臣 8 江木翼   貴族院
立憲民政黨
同成会
拓務大臣 2 松田源治   眾議院
立憲民政黨
初次入閣
班列 - 阿部信行   陸軍中將
(陸大19期)
陸軍大臣臨時代理 初次入閣
1930年6月16日就任[9]
1930年12月10日卸任[10]
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

其他编辑

1929年(昭和4年)7月2日任命[6]

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣書記官長日语内閣書記官長 29 鈴木富士弥   眾議院
立憲民政黨
內閣法制局長官日语内閣法制局長官 25 前田米蔵   眾議院
立憲政友會
事務引継
1929年7月3日卸任[13]
26 川崎卓吉   貴族院
立憲民政黨
(同和会)
1929年7月3日就任[13]
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

政務次官编辑

1929年(昭和4年)7月5日任命[14][15]

職位名 姓名 出身 備註
外務政務次官 永井柳太郎 眾議院/立憲民政黨
内務政務次官 斎藤隆夫 眾議院/立憲民政黨
大蔵政務次官 小川郷太郎 眾議院/立憲民政黨
陸軍政務次官 溝口直亮 貴族院/無黨籍(研究会)/予備役陸軍少將(陸大20期)/伯爵 1930年8月19日卸任[16]
伊東二郎丸 貴族院/無黨籍(研究会)/子爵 1930年8月19日就任[16]
海軍政務次官 矢吹省三 貴族院/無黨籍(公正会)/男爵
司法政務次官 川崎克 眾議院/立憲民政黨
文部政務次官 野村嘉六 眾議院/立憲民政黨
農林政務次官 高田耘平 眾議院/立憲民政黨
商工政務次官 横山勝太郎 眾議院/立憲民政黨
遞信政務次官 中野正剛 眾議院/立憲民政黨 1930年12月23日卸任[17]
中村啓次郎 眾議院/立憲民政黨 1930年12月23日就任[17]
鉄道政務次官 山道襄一 眾議院/立憲民政黨 1930年3月12日卸任[18]
黒金泰義 眾議院/立憲民政黨 1930年3月12日就任[18]
拓務政務次官 小坂順造 眾議院/立憲民政黨

參與官编辑

1929年(昭和4年)7月5日任命[14]

職位名 姓名 出身 備註
外務參與官 織田信恒 貴族院/無黨籍(研究会)/子爵
内務參與官 内ヶ崎作三郎 眾議院/立憲民政黨 1930年3月11日卸任[19]
一宮房治郎 眾議院/立憲民政黨 1930年3月11日就任[19]
大蔵參與官 勝正憲 眾議院/立憲民政黨
陸軍參與官 吉川吉郎兵衛 眾議院/立憲民政黨
海軍參與官 粟山博 眾議院/立憲民政黨
司法參與官 井本常作 眾議院/立憲民政黨
文部參與官 大麻唯男 眾議院/立憲民政黨
農林參與官 山田道兄 眾議院/立憲民政黨
商工參與官 岩切重雄 眾議院/立憲民政黨 1930年3月11日卸任[19]
野田文一郎 眾議院/立憲民政黨 1930年3月11日就任[19]
遞信參與官 福田五郎 眾議院/立憲民政黨
鉄道參與官 山本厚三 眾議院/立憲民政黨
拓務參與官 武富済 眾議院/立憲民政黨

參見编辑

  • [[]]
  • [[]]

參考資料编辑

  1. ^ 1.0 1.1 自由評論網. 政治的日常》「男兒本願」:獅子宰相濱口雄幸 - 自由電子報 自由評論網. talk.ltn.com.tw. [2019-06-03]. 
  2. ^ 北岡伸一. 《日本政治史》. 臺北: 麥田出版. 2018: 199. ISBN 9789863446019. 
  3. ^ 自由評論網. 政治的日常》被戰雲覆蓋的政黨政治:(上)第二次若槻禮次郎內閣和滿州事變 - 自由電子報 自由評論網. talk.ltn.com.tw. [2019-06-03]. 
  4. ^ 百科事典マイペディア,日本大百科全書(ニッポニカ). 若槻礼次郎内閣(わかつきれいじろうないかく)とは. コトバンク. [2019-06-03] (日语). 
  5. ^ 引用错误:没有为名为kanpo19310414的参考文献提供内容
  6. ^ 6.0 6.1 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和4年7月2日
  7. ^ 『官報』第1166号「叙任及辞令」、昭和5年11月17日
  8. ^ 『官報』第1256号「叙任及辞令」、昭和6年3月10日
  9. ^ 9.0 9.1 『官報』第1038号「叙任及辞令」、昭和5年6月17日
  10. ^ 10.0 10.1 『官報』第1187号「叙任及辞令」、昭和5年12月11日
  11. ^ 11.0 11.1 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和5年10月3日
  12. ^ 12.0 12.1 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和4年11月29日
  13. ^ 13.0 13.1 『官報』第753号「叙任及辞令」、昭和4年7月4日
  14. ^ 14.0 14.1 『官報』第755号「叙任及辞令」、昭和4年7月6日
  15. ^ 財団法人櫻田會(1989)『総史立憲民政黨 理論編』学陽書房、pp.172-179。参考文献『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』。
  16. ^ 16.0 16.1 『官報』第1093号「叙任及辞令」、昭和5年8月20日
  17. ^ 17.0 17.1 『官報』第1198号「叙任及辞令」、昭和5年12月24日
  18. ^ 18.0 18.1 『官報』第959号「叙任及辞令」、昭和5年3月13日
  19. ^ 19.0 19.1 19.2 19.3 『官報』第958号「叙任及辞令」、昭和5年3月12日

外部連結编辑


岡田內閣编辑

岡田內閣
おかだないかく
 
岡田內閣成員合照(1934年)
內閣總理大臣 岡田啟介(第31任)
成立日期 1934年(昭和9年)7月8日
總辭日期 1936年3月9日
執政黨/派系 立憲民政黨、(立憲民政黨→)日本同盟、(立憲政友會→)昭和会日语昭和会
選舉 第19屆日本眾議院議員總選舉日语第19回眾議院議員総選挙
眾議院解散 1936年1月21日
內閣閣僚名簿(首相官邸)

岡田內閣(日语:岡田內閣おかだないかく Okada Naikaku */?),是日本後備役海軍大將岡田啟介就任第31任內閣總理大臣(首相)後,自1934年(昭和9年)7月8日至1936年3月9日組成的日本內閣

概要编辑

1934年1月,《時事新報日语時事新報》報導政府向帝國人造絹糸(現帝人日语帝人)收賄,引發輿論譁然,包括帝人社長、大藏省銀行局日语銀行局局長、臺灣銀行總裁、商工大臣日语商工大臣鐵道大臣等16位官員皆遭到調查起訴,並有多達100人以上的相關人士遭到收押,史稱帝人事件日语帝人事件(後證明為平沼騏一郎主導捏造的冤案,全員宣判無罪)[1][2];齋藤內閣頓失多名重臣,最終於7月總辭,由岡田啟介繼任組閣[3]

內閣成員编辑

國務大臣编辑

1934年(昭和9年)7月8日任命[3]。在職日数611日。

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
内閣総理大臣 31 岡田啓介   海軍大將
海大將校科
甲種2期
拓務、遞信大臣兼任
- 後藤文夫   貴族院
無黨籍(無会派)
臨時代理
内務大臣兼任
1936年2月26日兼[4]
1936年2月29日卸任兼[5]
外務大臣 36 廣田弘毅   外務省 自上任內閣留任
內務大臣 46 後藤文夫[注釈 12]   貴族院
無黨籍(無会派)
内閣総理大臣臨時代理
大蔵大臣 32 藤井真信   大蔵省 初次入閣
1934年11月27日卸任[注釈 13][6]
33 高橋是清   民間
立憲政友會→)
無黨籍
1934年11月27日就任[6]
1936年2月26日死亡欠缺[注釈 14]
34 町田忠治   眾議院
立憲民政黨
商工大臣兼任 1936年2月27日就任[7]
陸軍大臣 22 林銑十郎   陸軍大將
陸大17期
対満事務局総裁兼任[注釈 15][8] 自上任內閣留任
1935年9月5日卸任[注釈 16][9]
23 川島義之   陸軍大將
陸大20期
対満事務局総裁兼任 初次入閣
1935年9月5日就任[9]
海軍大臣 17 大角岑生   海軍大將
海兵24期
男爵[注釈 17]
自上任內閣留任
司法大臣 36 小原直   司法省 初次入閣
文部大臣 42 松田源治   眾議院
立憲民政黨
1936年2月1日死亡欠缺[注釈 18][10]
43 川崎卓吉   眾議院
立憲民政黨
初次入閣
1936年2月1日就任[10]
農林大臣 9 山崎達之輔   眾議院
(立憲政友會→)
(無黨籍→)
昭和会
初次入閣
商工大臣 10 町田忠治   眾議院
立憲民政黨
大蔵大臣兼任
遞信大臣 36 床次竹二郎   眾議院
(立憲政友會→)
無黨籍
1935年9月8日死亡欠缺[注釈 19][11]
37 岡田啓介   海軍大將
(海大將校科
甲種2期)
内閣総理大臣、
拓務大臣兼任
1935年9月9日兼[11]
1935年9月12日卸任兼[12]
38 望月圭介   眾議院
(立憲政友會→)
(無黨籍→)
昭和会
1935年9月12日就任[12]
鉄道大臣 12 内田信也   眾議院
(立憲政友會→)
(無黨籍→)
昭和会
初次入閣
拓務大臣 7 岡田啓介   海軍大將
(海大將校科
甲種2期)
内閣総理大臣、
遞信大臣兼任
1934年10月25日卸任兼[13]
8 兒玉秀雄   貴族院
無黨籍(研究会)
伯爵
初次入閣
1934年10月25日就任[13]
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

其他编辑

1934年(昭和9年)7月8日任命[3]

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣書記官長日语内閣書記官長 34 河田烈   内務省 1934年10月20日卸任[注釈 20][14]
35 吉田茂   内務省 1934年10月20日就任[15]
1935年5月11日卸任[注釈 21][16]
36 白根竹介   内務省 1935年5月11日就任[16]
內閣法制局長官日语内閣法制局長官 31 黒崎定三   法制局 事務引継
1934年7月10日卸任[17]
32 金森徳次郎   法制局 1934年7月10日就任[17]
1936年1月11日卸任[注釈 22][18]
33 大橋八郎   遞信省 1936年1月11日就任[18]
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

政務次官编辑

1934年(昭和9年)7月19日任命[19]

職位名 姓名 出身 備註
外務政務次官 井阪豊光 眾議院/無黨籍
内務政務次官 大森佳一 貴族院/無黨籍(公正会)/男爵
大蔵政務次官 矢吹省三 貴族院/無黨籍(公正会)/男爵
陸軍政務次官 土岐章 貴族院/無黨籍(研究会)/子爵 自上任內閣留任
1935年12月14日卸任[20]
岡部長景 貴族院/無黨籍(研究会)/子爵 1935年12月14日就任[20]
海軍政務次官 堀田正恒 貴族院/無黨籍(研究会)/伯爵 自上任內閣留任
司法政務次官 原夫次郎 眾議院/立憲民政黨
文部政務次官 添田敬一郎 眾議院/立憲民政黨
農林政務次官 守屋栄夫 眾議院/(立憲政友會→無黨籍→)昭和会
商工政務次官 勝正憲 眾議院/立憲民政黨
遞信政務次官 青木精一 眾議院/(立憲政友會→無黨籍→)昭和会
鉄道政務次官 樋口典常 眾議院/(立憲政友會→)無黨籍 1935年8月31日卸任[21]
蔵園三四郎 眾議院/(無黨籍→)昭和会 1935年8月31日就任[21]
拓務政務次官 田中武雄 眾議院/立憲民政黨 1934年10月26日卸任[22]
桜井兵五郎 眾議院/立憲民政黨 1934年10月26日就任[22]

參與官编辑

1934年(昭和9年)7月19日任命[19]

職位名 姓名 出身 備註
外務參與官 松本忠雄 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任
内務參與官 橋本実斐 貴族院/無黨籍(研究会)/伯爵
大蔵參與官 豊田収 眾議院/(立憲政友會→無黨籍→)昭和会
陸軍參與官 石井三郎 眾議院/無黨籍 自上任內閣留任
海軍參與官 窪井義道 眾議院/(立憲政友會→無黨籍→)昭和会
司法參與官 舟橋清賢 貴族院/無黨籍(研究会)/子爵
文部參與官 山枡儀重 眾議院/立憲民政黨
農林參與官 森肇 眾議院/(立憲政友會→無黨籍→)昭和会
商工參與官 高橋守平 眾議院/立憲民政黨
遞信參與官 平野光雄 眾議院/立憲民政黨
鉄道參與官 兼田秀雄 眾議院/(立憲政友會→無黨籍→)昭和会
拓務參與官 手代木隆吉 眾議院/立憲民政黨 1934年10月26日卸任[22]
佐藤正 眾議院/立憲民政黨 1934年10月26日就任[22]

參見编辑

參考資料编辑

  1. ^ 河合良成日语河合良成. 《帝人事件: 三十年目の証言》. 講談社. 1970: 1-9 (日语). 
  2. ^ 自由評論網. 政治的日常》孤立主義下的齋藤實內閣(下) - 自由電子報 自由評論網. talk.ltn.com.tw. [2018-12-28]. 
  3. ^ 3.0 3.1 3.2 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和9年7月8日 (日文) 引用错误:带有name属性“kanpo19340708”的<ref>标签用不同内容定义了多次
  4. ^ 『官報』号外「辞令」、昭和11年2月26日
  5. ^ 『官報』号外「辞令」、昭和11年2月29日
  6. ^ 6.0 6.1 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和9年11月27日
  7. ^ 『官報』号外「辞令」、昭和11年2月27日
  8. ^ 『官報』第2397号「叙任及辞令」、昭和9年12月27日
  9. ^ 9.0 9.1 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和10年9月5日
  10. ^ 10.0 10.1 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和11年2月2日
  11. ^ 11.0 11.1 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和10年9月9日
  12. ^ 12.0 12.1 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和10年9月12日
  13. ^ 13.0 13.1 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和9年10月25日
  14. ^ 『官報』第2343号「叙任及辞令」、昭和9年10月22日
  15. ^ 『官報』第2343号「叙任及辞令」、昭和9年10月22日
  16. ^ 16.0 16.1 『官報』第号「叙任及辞令」、昭和10年5月13日
  17. ^ 17.0 17.1 『官報』第2257号「叙任及辞令」、昭和9年7月11日
  18. ^ 18.0 18.1 『官報』第2706号「叙任及辞令」、昭和11年1月11日
  19. ^ 19.0 19.1 『官報』第2265号「叙任及辞令」、昭和9年7月20日
  20. ^ 20.0 20.1 『官報』第2687号「叙任及辞令」、昭和10年12月16日
  21. ^ 21.0 21.1 『官報』第2601号「叙任及辞令」、昭和10年9月2日
  22. ^ 22.0 22.1 22.2 22.3 『官報』第2348号「叙任及辞令」、昭和9年10月27日

外部連結编辑

廣田內閣编辑

廣田內閣
ひろたないかく
 
廣田內閣成員合照(1936年)
內閣總理大臣 廣田弘毅(第32任)
成立日期 1936年(昭和11年)3月9日
總辭日期 1937年2月2日
執政黨/派系 舉國一致內閣日语挙国一致内閣
內閣閣僚名簿(首相官邸)

廣田內閣(日语:廣田內閣ひろたないかく Hirota Naikaku */?),是日本外務大臣廣田弘毅就任第32任內閣總理大臣(首相)後,自1936年(昭和11年)3月9日至1937年2月2日組成的日本內閣

概要编辑

內閣成員编辑

國務大臣编辑

1936年(昭和11年)3月9日任命[1]。在職日数331日。

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣總理大臣 32 廣田弘毅   外務省 外務、遞信大臣兼任
外務大臣 36 廣田弘毅   外務省 内閣総理大臣、
遞信大臣兼任
自上任內閣留任
1936年4月2日卸任[2]
37 有田八郎   外務省 初次入閣
1936年4月2日就任[2]
內務大臣 47 潮恵之輔   貴族院
無黨籍研究會日语研究会 (貴族院)
文部大臣兼任 初次入閣
大藏大臣 35 馬場鍈一   貴族院
無黨籍(研究会)
初次入閣
陸軍大臣 24 寺内寿一   陸軍大將
陸大21期
伯爵
対満事務局総裁兼任
海軍大臣 18 永野修身   海軍大將
海大甲種8期
初次入閣
司法大臣 37 林頼三郎   司法省→)
貴族院[注釈 23]
初次入閣
文部大臣 44 潮恵之輔   貴族院
無黨籍(研究会)
内務大臣兼任 初次入閣
1936年3月25日卸任[3]
45 平生釟三郎   貴族院
無黨籍(無会派)
初次入閣
1936年3月25日就任[3]
農林大臣 10 島田俊雄   眾議院
立憲政友會
初次入閣
商工大臣日语商工大臣 11 川崎卓吉   貴族院
無黨籍(同和会
1936年3月27日死亡欠缺[注釈 24][4]
12 小川郷太郎   眾議院
立憲民政黨
初次入閣
1936年3月2日就任[4]
遞信大臣 39 頼母木桂吉   眾議院
立憲民政黨
初次入閣
鐵道大臣 13 前田米蔵   眾議院
立憲政友會
拓務大臣日语拓務大臣 9 永田秀次郎   貴族院
無黨籍(同和会)
初次入閣
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

其他编辑

1936年(昭和11年)3月10日任命[5]

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣書記官長日语内閣書記官長 37 藤沼庄平   貴族院
無黨籍(研究会)
內閣法制局長官日语内閣法制局長官 34 次田大三郎   貴族院
無黨籍(同成会
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

政務次官编辑

1936年(昭和11年)4月15日任命[6]

職位名 姓名 出身 備註
外務政務次官 猪野毛利栄 眾議院/立憲政友會
内務政務次官 鍋島直縄 貴族院/無黨籍(研究会)/子爵
大蔵政務次官 中島弥団次 眾議院/立憲民政黨
陸軍政務次官 立見豊丸 貴族院/無黨籍(研究会)/子爵
海軍政務次官 (從缺)
司法政務次官 野田俊作 眾議院/立憲政友會
文部政務次官 山本厚三 眾議院/立憲民政黨
農林政務次官 田辺七六 眾議院/立憲政友會 1936年8月19日卸任
山崎猛 眾議院/立憲政友會 1936年8月19日就任[7]
商工政務次官 池田秀雄 眾議院/立憲民政黨
遞信政務次官 前田房之助 眾議院/立憲民政黨
鉄道政務次官 田子一民 眾議院/立憲政友會
拓務政務次官 稲田昌植 貴族院/無黨籍(公正会[注釈 25]/男爵

參與官编辑

1936年(昭和11年)4月15日任命[6]

職位名 姓名 出身 備註
外務參與官 松山常次郎 眾議院/立憲政友會
内務參與官 肝付兼英 貴族院/無黨籍(公正会)/男爵
大蔵參與官 丹下茂十郎 眾議院/立憲政友會
海軍參與官 永田善三郎 眾議院/立憲民政黨
司法參與官 秋月種英 貴族院/無黨籍(研究会)/子爵
文部參與官 作田高太郎 眾議院/立憲民政黨 1936年12月28日卸任
武知勇記 眾議院/立憲民政黨 1936年12月28日就任[8]
農林參與官 小林絹治 眾議院/立憲政友會
商工參與官 寺島権蔵 眾議院/立憲民政黨
遞信參與官 多田満長 眾議院/立憲民政黨
鉄道參與官 星島二郎 眾議院/立憲政友會
拓務參與官 林路一 眾議院/昭和会

參見编辑

  • [[]]
  • [[]]

參考資料编辑

外部連結编辑

林內閣编辑

林內閣
はやしないかく
 
林內閣成員合照(1937年)
內閣總理大臣 林銑十郎(第33任)
成立日期 1937年(昭和12年)2月2日
總辭日期 1937年6月4日
執政黨/派系 昭和会日语昭和会國民同盟 (日本)信任供給
選舉 第20屆日本眾議院議員總選舉日语第20回眾議院議員総選挙
眾議院解散 1937年3月31日
內閣閣僚名簿(首相官邸)

林內閣(日语:林內閣はやしないかく Hayashi Naikaku */?),是日本軍事參議官預備役陸軍大將林銑十郎就任第33任內閣總理大臣(首相)後,自1937年(昭和12年)2月2日至1937年6月4日組成的日本內閣

概要编辑

內閣成員编辑

國務大臣编辑

1937年(昭和12年)2月2日任命[1]。在職日数123日。

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣總理大臣 32 林銑十郎   予備役陸軍大將
陸大17期
外務、文部大臣兼任
外務大臣 38 林銑十郎   予備役陸軍大將
(陸大17期)
内閣総理大臣、
文部大臣兼任
1937年3月3日卸任兼[2]
39 佐藤尚武   外務省 初次入閣
1937年3月3日就任[2]
內務大臣 48 河原田稼吉   内務省 初次入閣
大藏大臣 36 結城豊太郎   民間[注釈 26]→)
貴族院[注釈 27]
無黨籍(無会派)
拓務大臣兼任 初次入閣
陸軍大臣 25 中村孝太郎   陸軍中將
陸大21期
対満事務局総裁兼任 初次入閣
1937年2月9日卸任[注釈 28][3]
26 杉山元   陸軍大將
陸大22期
対満事務局総裁兼任 1937年2月9日就任[3]
海軍大臣 19 米内光政   海軍中將→)
海軍大將[注釈 29][4]
海大甲種12期
初次入閣
司法大臣 38 塩野季彦   司法省 初次入閣
文部大臣 46 林銑十郎   予備役陸軍大將
(陸大17期)
内閣総理大臣、
外務大臣兼任
農林大臣 11 山崎達之輔   眾議院
昭和会
遞信大臣兼任
商工大臣日语商工大臣 13 伍堂卓雄   (民間→)
貴族院[注釈 30][5]
無黨籍
退役海軍造兵中將
鉄道大臣兼任
遞信大臣 40 山崎達之輔   眾議院
昭和会
農林大臣兼任
41 兒玉秀雄   貴族院
無黨籍(研究會日语研究会 (貴族院)
伯爵
鐵道大臣 14 伍堂卓雄   (民間→)
貴族院
無黨籍
退役海軍造兵中將
商工大臣兼任
拓務大臣日语拓務大臣 10 結城豊太郎   (民間→)
貴族院
無黨籍(無会派)
大蔵大臣兼任
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

其他编辑

1937年(昭和12年)2月2日任命[1]

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣書記官長日语内閣書記官長 38 大橋八郎   遞信省
內閣法制局長官日语内閣法制局長官 35 川越丈雄   大蔵省
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

參見编辑

  • [[]]
  • [[]]

參考資料编辑

外部連結编辑

第一次近衛內閣编辑

第一次近衛內閣
 
第一次近衛內閣成員合照(1937年)
內閣總理大臣 [[]](第34任)
成立日期 19年(昭和年)
總辭日期 19年
執政黨/派系 舉國一致內閣日语挙国一致内閣
內閣閣僚名簿(首相官邸)

第一次近衛內閣(日语:第一次近衛內閣*/?),是日本[[]]就任第34任內閣總理大臣(首相)後,自19年(昭和年)至19年組成的日本內閣

概要编辑

內閣成員编辑

首次組閣编辑

國務大臣编辑

1937年(昭和12年)6月4日任命[1]。在職日数357日。

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣總理大臣 34 近衛文麿   貴族院
無黨籍(無会派[注釈 31]
公爵
外務大臣 40 廣田弘毅   貴族院
無黨籍(無会派)
自上任內閣留任
內務大臣 49 馬場鍈一   貴族院
無黨籍(研究會日语研究会 (貴族院)
1937年12月14日卸任[注釈 32][2]
50 末次信正   海軍大將
海大甲種7期
1937年12月14日就任[2]
大藏大臣 37 賀屋興宣   大蔵省
陸軍大臣 26 杉山元   陸軍大將
陸大22期
対満事務局総裁兼任 自上任內閣留任
海軍大臣 19 米内光政   海軍大將
海大甲種12期
自上任內閣留任
司法大臣 38 塩野季彦   司法省 自上任內閣留任
文部大臣 47 安井英二   内務省 1937年10月22日卸任[注釈 33][3]
48 木戸幸一   貴族院
無黨籍(火曜会
侯爵
厚生大臣兼任 1937年10月22日就任[3]
農林大臣 12 有馬頼寧   貴族院
無黨籍(研究会)
伯爵
商工大臣日语商工大臣 14 吉野信次   商工省
遞信大臣 42 永井柳太郎   眾議院
立憲民政黨
鐵道大臣 15 中島知久平   眾議院
立憲政友會
予備役海軍機関大尉
海大機関科
拓務大臣日语拓務大臣 11 大谷尊由   貴族院
無黨籍(研究会)
厚生大臣 (厚生省未設置) 1938年1月11日設置
1 木戸幸一   貴族院
無黨籍(火曜会)
侯爵
文部大臣兼任 1938年1月11日就任[4]
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

其他编辑

1937年(昭和12年)6月4日任命[1]

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣書記官長日语内閣書記官長 39 風見章   眾議院
無黨籍
內閣法制局長官日语内閣法制局長官 36 瀧正雄   眾議院
無黨籍
1937年10月25日卸任[注釈 34][5]
37 船田中   眾議院
立憲政友會
1937年10月25日就任[5]
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

政務次官编辑

1937年(昭和12年)6月24日任命[6]

職位名 姓名 出身 備註
外務政務次官 松本忠雄 眾議院/立憲民政黨
内務政務次官 勝田永吉 眾議院/立憲民政黨
大蔵政務次官 太田正孝 眾議院/立憲政友會
陸軍政務次官 加藤久米四郎 眾議院/立憲政友會
海軍政務次官 一宮房治郎 眾議院/立憲民政黨
司法政務次官 久山知之 眾議院/立憲政友會
文部政務次官 内ヶ崎作三郎 眾議院/立憲民政黨
農林政務次官 高橋守平 眾議院/立憲民政黨
商工政務次官 木暮武太夫 眾議院/立憲政友會
遞信政務次官 田島勝太郎 眾議院/立憲民政黨
鉄道政務次官 田尻生五 眾議院/立憲政友會
拓務政務次官 八角三郎 眾議院/立憲政友會
厚生政務次官 (厚生省未設置) 1938年1月11日設置
(從缺) 1938年1月18日まで
工藤鉄男 眾議院/立憲民政黨 1938年1月18日就任[7]

參與官编辑

1937年(昭和12年)6月24日任命[6]

職位名 姓名 出身 備註
外務參與官 船田中 眾議院/立憲政友會 1937年10月25日卸任[注釈 35]
(從缺) 1937年12月15日まで
春名成章 眾議院/旧昭和会 1937年12月15日就任[8]
内務參與官 木村正義 眾議院/立憲民政黨
大蔵參與官 中村三之丞 眾議院/立憲民政黨
陸軍參與官 比佐昌平 眾議院/立憲民政黨
海軍參與官 岸田正記 眾議院/旧昭和会
司法參與官 藤田若水 眾議院/立憲民政黨
文部參與官 赤木桁平 眾議院/立憲民政黨
農林參與官 助川啓四郎 眾議院/立憲政友會
商工參與官 佐藤謙之輔 眾議院/立憲民政黨
遞信參與官 犬養健 眾議院/立憲政友會
鉄道參與官 金井正夫 眾議院/旧昭和会
拓務參與官 伊礼肇 眾議院/国民同盟
厚生參與官 (厚生省未設置) 1938年1月11日設置
(從缺) 1938年1月18日まで
山本芳治 眾議院/立憲政友會 1938年1月18日就任[7]

內閣改組後编辑

國務大臣编辑

1938年(昭和13年)5月26日任命[9]。在職日数225日(通算581日)。

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
内閣総理大臣 34 近衛文麿   貴族院
無黨籍(無会派)
公爵
外務、拓務大臣兼任 自上任內閣留任
外務大臣 41 宇垣一成   陸軍大將
(陸大14期)
自上任內閣留任
1938年9月30日卸任[10]
42 近衛文麿   貴族院
無黨籍(無会派)
公爵
内閣総理大臣、
拓務大臣兼任
1938年9月30日就任[10]
1938年10月29日卸任[11]
43 有田八郎   貴族院
無黨籍(無会派)
1938年10月29日就任[11]
内務大臣 50 末次信正   海軍大將
(海大甲種7期)
自上任內閣留任
大蔵大臣 38 池田成彬   民間 商工大臣兼任
陸軍大臣 26 杉山元   陸軍大將
(陸大22期)
対満事務局総裁兼任 自上任內閣留任
1938年6月3日卸任[12]
27 板垣征四郎   陸軍中將
陸大28期
対満事務局総裁兼任 1938年6月3日就任[12]
海軍大臣 19 米内光政   海軍中將
(海大甲種12期)
自上任內閣留任
司法大臣 38 塩野季彦   司法省 自上任內閣留任
文部大臣 49 荒木貞夫   予備役陸軍大將
男爵
農林大臣 12 有馬頼寧   貴族院
無黨籍(研究会)
伯爵
自上任內閣留任
商工大臣 15 池田成彬   民間 大蔵大臣兼任
遞信大臣 42 永井柳太郎   眾議院
立憲民政黨
自上任內閣留任
鉄道大臣 15 中島知久平   眾議院
立憲政友會
予備役海軍機関大尉
(海大機関科)
自上任內閣留任
拓務大臣 11 大谷尊由   貴族院
無黨籍(研究会)
自上任內閣留任
1938年6月25日卸任[注釈 36][13]
12 宇垣一成   陸軍大將
(陸大14期)
外務大臣兼任 1938年6月25日就任[13]
1938年9月30日卸任[10]
13 近衛文麿   貴族院
無黨籍(無会派)
公爵
内閣総理大臣、
外務大臣兼任
1938年9月30日就任[10]
1938年10月29日卸任[11]
14 八田嘉明   貴族院
無黨籍(研究会)
1938年10月29日就任[11]
厚生大臣 1 木戸幸一   貴族院
無黨籍(火曜会)
侯爵
自上任內閣留任[注釈 37]
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

其他编辑

1938年(昭和13年)5月26日留任。

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
内閣書記官長 39 風見章   眾議院
無黨籍
自上任內閣留任
內閣法制局長官日语内閣法制局長官 37 船田中   眾議院
立憲政友會
自上任內閣留任
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

政務次官编辑

1938年(昭和13年)5月26日留任。

職位名 姓名 出身 備註
外務政務次官 松本忠雄 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任
内務政務次官 勝田永吉 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任
大蔵政務次官 太田正孝 眾議院/立憲政友會 自上任內閣留任
陸軍政務次官 加藤久米四郎 眾議院/立憲政友會 自上任內閣留任
海軍政務次官 一宮房治郎 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任
司法政務次官 久山知之 眾議院/立憲政友會 自上任內閣留任
文部政務次官 内ヶ崎作三郎 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任
農林政務次官 高橋守平 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任
商工政務次官 木暮武太夫 眾議院/立憲政友會 自上任內閣留任
遞信政務次官 田島勝太郎 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任
鉄道政務次官 田尻生五 眾議院/立憲政友會 自上任內閣留任
拓務政務次官 八角三郎 眾議院/立憲政友會 自上任內閣留任
厚生政務次官 工藤鉄男 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任

參與官编辑

1938年(昭和13年)5月26日留任。

職位名 姓名 出身 備註
外務參與官 春名成章 眾議院/旧昭和会 自上任內閣留任
内務參與官 木村正義 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任
大蔵參與官 中村三之丞 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任
陸軍參與官 比佐昌平 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任
海軍參與官 岸田正記 眾議院/旧昭和会 自上任內閣留任
司法參與官 藤田若水 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任
文部參與官 赤木桁平 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任
農林參與官 助川啓四郎 眾議院/立憲政友會 自上任內閣留任
商工參與官 佐藤謙之輔 眾議院/立憲民政黨 自上任內閣留任
遞信參與官 犬養健 眾議院/立憲政友會 自上任內閣留任
鉄道參與官 金井正夫 眾議院/旧昭和会 自上任內閣留任
拓務參與官 伊礼肇 眾議院/国民同盟 自上任內閣留任
厚生參與官 山本芳治 眾議院/立憲政友會 自上任內閣留任

參見编辑

  • [[]]
  • [[]]

參考資料编辑

外部連結编辑

平沼內閣编辑

平沼內閣
 
平沼內閣成員在首相官邸前準備合照(1939年)
內閣總理大臣 [[]](第35任)
成立日期 19年(昭和年)
總辭日期 19年
執政黨/派系 舉國一致內閣日语挙国一致内閣
內閣閣僚名簿(首相官邸)

平沼內閣(日语:平沼內閣*/?),是日本[[]]就任第35任內閣總理大臣(首相)後,自19年(昭和年)至19年組成的日本內閣

概要编辑

內閣成員编辑

國務大臣编辑

1939年(昭和14年)1月5日任命[1]。在職日数238日。

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣總理大臣 35 平沼騏一郎   貴族院
無黨籍(無会派)
男爵
枢密顧問官
外務大臣 43 有田八郎   貴族院
無黨籍(無会派)
自上任內閣留任
內務大臣 51 木戸幸一   貴族院
無黨籍(火曜会
侯爵
大藏大臣 39 石渡荘太郎   大蔵省 初次入閣
陸軍大臣 27 板垣征四郎   陸軍中將
陸大28期
対満事務局総裁兼任 自上任內閣留任
海軍大臣 19 米内光政   海軍大將
海大甲種12期
自上任內閣留任
司法大臣 38 塩野季彦   司法省 遞信大臣兼任 自上任內閣留任
文部大臣 49 荒木貞夫   予備役陸軍大將
男爵
自上任內閣留任
農林大臣 13 櫻内幸雄   眾議院
立憲民政黨
初次入閣
商工大臣 13 八田嘉明   貴族院
無黨籍(研究會日语研究会 (貴族院)
拓務大臣兼任
遞信大臣 43 塩野季彦   司法省 司法大臣兼任 1939年4月7日卸任兼[2]
44 田辺治通   遞信省 初次入閣
1939年4月7日就任[2]
鉄道大臣 16 前田米蔵   眾議院
立憲政友會
拓務大臣 14 八田嘉明   貴族院
無黨籍(研究会)
商工大臣兼任 自上任內閣留任
1939年4月7日卸任兼[2]
15 小磯國昭   予備役陸軍大將
陸大22期
初次入閣
1939年4月7日就任[2]
厚生大臣 2 広瀬久忠   内務省 初次入閣
班列 - 近衛文麿   貴族院
無黨籍(火曜会
公爵
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

其他编辑

1939年(昭和14年)1月5日任命[1]

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣書記官長日语内閣書記官長 40 田辺治通   遞信省 1939年4月7日卸任[3]
41 太田耕造   民間[注釈 38] 1939年4月7日就任[3]
內閣法制局長官日语内閣法制局長官 38 黒崎定三   貴族院
無黨籍(研究会)
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。


政務次官编辑

1939年(昭和14年)1月19日任命[4]

職位名 姓名 出身 備註
外務政務次官 清水留三郎 眾議院/立憲民政黨
内務政務次官 漢那憲和 眾議院/立憲民政黨/予備役海軍少將(海大甲種9期
大蔵政務次官 松村光三 眾議院/立憲政友會
陸軍政務次官 西村茂生 眾議院/立憲政友會
海軍政務次官 松田竹千代 眾議院/立憲民政黨
司法政務次官 倉元要一 眾議院/立憲政友會
文部政務次官 小柳牧衛 眾議院/立憲民政黨
農林政務次官 松村謙三 眾議院/立憲民政黨
商工政務次官 今井健彦 眾議院/立憲政友會
遞信政務次官 平川松太郎 眾議院/立憲民政黨
鉄道政務次官 工藤十三雄 眾議院/立憲政友會
拓務政務次官 寺田市正 眾議院/立憲政友會
厚生政務次官 津崎尚武 眾議院/立憲政友會

參與官编辑

1939年(昭和14年)1月19日任命[4]

職位名 姓名 出身 備註
外務參與官 箸本太吉 眾議院/立憲政友會
内務參與官 中井一夫 眾議院/立憲政友會
大蔵參與官 矢野庄太郎 眾議院/立憲民政黨
陸軍參與官 中井川浩 眾議院/立憲民政黨
海軍參與官 中原謹司 眾議院/立憲民政黨
司法參與官 浜野徹太郎 眾議院/立憲民政黨
文部參與官 野中徹也 眾議院/国民同盟
農林參與官 林譲治 眾議院/立憲政友會
商工參與官 沢田利吉 眾議院/立憲民政黨
遞信參與官 上田孝吉 眾議院/立憲政友會
鉄道參與官 青木亮貫 眾議院/立憲民政黨
拓務參與官 江藤源九郎 眾議院/日本革新党/予備役陸軍少將陸士11期
厚生參與官 綾部健太郎 眾議院/立憲政友會

參見编辑

  • [[]]
  • [[]]

參考資料编辑

外部連結编辑

阿部內閣编辑

阿部內閣
 
阿部內閣成員合照(1939年)
內閣總理大臣 [[]](第36任)
成立日期 19年(昭和年)
總辭日期 19年
執政黨/派系 舉國一致內閣日语挙国一致内閣
內閣閣僚名簿(首相官邸)

阿部內閣(日语:阿部內閣*/?),是日本[[]]就任第36任內閣總理大臣(首相)後,自19年(昭和年)至19年組成的日本內閣

概要编辑

內閣成員编辑

國務大臣编辑

1939年(昭和14年)8月30日任命[1]。在職日数140日。

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣總理大臣 36 阿部信行   予備役陸軍大將
陸大19期
外務大臣兼任 初次入閣
外務大臣 44 阿部信行   予備役陸軍大將
(陸大19期)
内閣総理大臣兼任 初次入閣
1939年9月25日免兼[2]
45 野村吉三郎   予備役海軍大將
海兵26期
初次入閣
1939年9月25日就任[2]
內務大臣 52 小原直   貴族院
無黨籍
同和会
厚生大臣兼任
大藏大臣 40 青木一男   貴族院
無黨籍(研究會日语研究会 (貴族院)
企画院総裁兼任 初次入閣
陸軍大臣 28 畑俊六   陸軍大將
陸大22期
対満事務局総裁兼任 初次入閣
海軍大臣 20 吉田善吾   海軍中將
甲種13期
初次入閣
司法大臣 39 宮城長五郎   司法省 初次入閣
文部大臣 50 河原田稼吉   貴族院
無黨籍(研究会)
農林大臣 14 伍堂卓雄   貴族院
無黨籍(研究会)
予備役海軍造兵中將
商工大臣兼任 1939年10月16日[3]
15 酒井忠正   貴族院
無黨籍(研究会)
伯爵
初次入閣
1939年10月16日就任[3]
商工大臣 14 伍堂卓雄   貴族院
無黨籍(研究会)
予備役海軍造兵中將
農林大臣兼任
遞信大臣 45 永井柳太郎   眾議院
立憲民政黨
鉄道大臣兼任
鉄道大臣 17 永井柳太郎   眾議院
立憲民政黨
遞信大臣兼任 1939年11月29日免兼[4]
18 永田秀次郎   貴族院
無黨籍(同和会)
1939年11月29日就任[4]
拓務大臣 16 金光庸夫   眾議院
立憲政友會
(金光派)
初次入閣
厚生大臣 3 小原直   貴族院
無黨籍(同和会)
内務大臣兼任 1939年11月29日卸任兼[4]
4 秋田清   眾議院
無黨籍(第一議員倶楽部)
初次入閣
1939年11月29日就任[4]
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

其他编辑

1939年(昭和14年)8月30日任命[1]

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣書記官長日语内閣書記官長 42 遠藤柳作   貴族院
無黨籍(研究会)
內閣法制局長官日语内閣法制局長官 39 唐沢俊樹 100px 内務省
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

政務次官编辑

1939年(昭和14年)9月19日任命[5]

職位名 姓名 出身 備註
外務政務次官 多田満長 眾議院/立憲民政黨
内務政務次官 加藤鯛一 眾議院/国民同盟
大蔵政務次官 清瀬規矩雄 眾議院/立憲政友會
陸軍政務次官 宮沢胤勇 眾議院/立憲民政黨
海軍政務次官 西岡竹次郎 眾議院/立憲政友會
司法政務次官 森田福市 眾議院/立憲政友會
文部政務次官 作田高太郎 眾議院/立憲民政黨
農林政務次官 村上国吉 眾議院/立憲民政黨
商工政務次官 横川重次 眾議院/立憲政友會
遞信政務次官 田中萬逸 眾議院/立憲民政黨
鉄道政務次官 原惣兵衛 眾議院/立憲政友會
拓務政務次官 津雲国利 眾議院/立憲政友會(久原派)
厚生政務次官 三浦虎雄 眾議院/国民同盟

參與官编辑

1939年(昭和14年)9月19日任命[5]

職位名 姓名 出身 備註
外務參與官 依光好秋 眾議院/立憲政友會(久原派)
内務參與官 福井甚三 眾議院/立憲政友會
大蔵參與官 豊田豊吉 眾議院/立憲民政黨
陸軍參與官 小山田義孝 眾議院/立憲政友會
海軍參與官 真鍋儀十 眾議院/立憲民政黨
司法參與官 真鍋勝 眾議院/立憲民政黨
文部參與官 伊豆富人 眾議院/国民同盟
農林參與官 小笠原三九郎 眾議院/立憲政友會(中島派)
商工參與官 小山倉之助 眾議院/立憲民政黨
遞信參與官 東条貞 眾議院/立憲政友會(久原派)
鉄道參與官 坂東幸太郎 眾議院/立憲民政黨
拓務參與官 笠井重治 眾議院/無黨籍
厚生參與官 永山忠則 眾議院/無黨籍(第一議員倶楽部)

參見编辑

  • [[]]
  • [[]]

參考資料编辑

外部連結编辑

米內內閣编辑

米內內閣
 
米內內閣成員合照(1940年)
內閣總理大臣 米內光政(第37任)
成立日期 19年(昭和年)
總辭日期 19年
執政黨/派系 舉國一致內閣日语挙国一致内閣
內閣閣僚名簿(首相官邸)

米內內閣(日语:米內內閣*/?),是日本米內光政就任第37任內閣總理大臣(首相)後,自19年(昭和年)至19年組成的日本內閣

概要编辑

內閣成員编辑

國務大臣编辑

1940年(昭和15年)1月16日任命[1]。在職日数189日。

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣總理大臣 37 米内光政   予備役海軍大將
海大甲種12期
外務大臣 46 有田八郎   外務省
內務大臣 53 児玉秀雄   貴族院
無黨籍研究會日语研究会 (貴族院)
伯爵
大藏大臣 41 桜内幸雄   眾議院
立憲民政黨
企画院総裁兼任
陸軍大臣 28 畑俊六   陸軍大將
陸大22期
対満事務局総裁兼任 自上任內閣留任
海軍大臣 20 吉田善吾   海軍中將
甲種13期
自上任內閣留任
司法大臣 40 木村尚達   司法省→)
貴族院[注釈 39]
初次入閣
文部大臣 51 松浦鎮次郎   文部省 初次入閣
農林大臣 16 島田俊雄   眾議院
立憲政友會
(中島派)
商工大臣 15 藤原銀次郎   貴族院
無黨籍(研究会)
初次入閣
遞信大臣 46 勝正憲   眾議院
立憲民政黨
初次入閣
鉄道大臣 19 松野鶴平   眾議院
立憲政友會
(久原派)
初次入閣
拓務大臣 17 小磯國昭   予備役陸軍大將
陸大22期
厚生大臣 5 吉田茂   内務省 初次入閣
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

其他编辑

1940年(昭和15年)1月16日任命[1]

職位名 任數 姓名及肖像 出身 其他職務 備註
內閣書記官長日语内閣書記官長 43 石渡荘太郎   (大蔵省→)
貴族院[注釈 39]
內閣法制局長官日语内閣法制局長官 40 広瀬久忠   (大蔵省→)
貴族院[注釈 39]
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

政務次官编辑

1940年(昭和15年)1月24日任命[2]

職位名 姓名 出身 備註
外務政務次官 小山谷蔵 眾議院/立憲民政黨
内務政務次官 鶴見祐輔 眾議院/立憲民政黨
大蔵政務次官 木村正義 眾議院/立憲政友會(中島派)
陸軍政務次官 三好英之 眾議院/立憲民政黨
海軍政務次官 松山常次郎 眾議院/立憲政友會(中島派)
司法政務次官 星島二郎 眾議院/立憲政友會(中島派)
文部政務次官 舟橋清賢 貴族院/無黨籍(研究会)/子爵
農林政務次官 岡田喜久治 眾議院/立憲民政黨
商工政務次官 加藤鐐五郎 眾議院/立憲政友會(中島派)
遞信政務次官 武知勇記 眾議院/立憲民政黨
鉄道政務次官 宮澤裕 眾議院/立憲政友會(中島派)
拓務政務次官 松岡俊三 眾議院/立憲政友會(久原派)
厚生政務次官 一松定吉 眾議院/立憲民政黨

參與官编辑

1940年(昭和15年)1月24日任命[2]

職位名 姓名 出身 備註
外務參與官 小高長三郎 眾議院/立憲政友會(中島派)
内務參與官 青山憲三 眾議院/立憲政友會(中島派)
大蔵參與官 松田正一 眾議院/立憲民政黨
陸軍參與官 宮崎一 眾議院/立憲政友會(中島派)
海軍參與官 小山邦太郎 眾議院/立憲民政黨
司法參與官 高木正得 貴族院/無黨籍(研究会)/子爵
文部參與官 仲井間宗一 眾議院/立憲民政黨
農林參與官 松木弘 眾議院/立憲政友會(久原派)
商工參與官 喜多壮一郎 眾議院/立憲民政黨
遞信參與官 藤生安太郎 眾議院/立憲政友會(久原派)
鉄道參與官 大島寅吉 眾議院/立憲民政黨
拓務參與官 加藤成之 貴族院/無黨籍(公正会)/男爵
厚生參與官 飯村五郎 眾議院/立憲政友會(中島派)

參見编辑

  • [[]]
  • [[]]

參考資料编辑

外部連結编辑


引用错误:页面中存在<ref group="注釈">标签,但没有找到相应的<references group="注釈" />标签